一世代前は、笑ったときに前歯に金属が光っている人がよく見られました。金属、それもゴールドを歯に使うことがステータスシンボルの時代があったんですね。ちなみに「金を身体に入れると良い」という俗説も影響していました。 当時はアマルガム(水銀と他の金属の合金)や卑金属(イオン化傾向が高く、化学変化を起こしやすい金属の総称)も歯科材料として多用されていたのです。そうしますと、イオン化傾向の小さい金をはじめとする貴金属は口腔内でも化学的に安定なため、他の金属より生体親和性が高いという根拠になったのです。 現在保険診療の歯科で多く使われている金属は、12%の金を含有した金銀パラジウム合金と銀合金(主に乳歯に使用)がほとんどです。前者には、加工しやすい性質の合金にするために、金より安価なパラジウムを加えています。 ところがです。近年、レアアースであるパラジウムの価格が高騰し、それに連動して金銀パラジウム合金自体の価格も相当上がってきたのです。今年すでに金の代替金属などとはいえない価格にまで迫りました。この金パラ合金は現在歯科分野でクラウンやインレー、義歯のクラスプ等に多用されています。最近、歯科の装着物がセットされた時、患者負担額が上がったなと感じるのは、そのためですね。(保険で使われる歯科の金属の価格は、半年に一度改定)。 ちなみに、パラジウムは宝飾品を制作するセミプレシャスにも使われますが、近年その他に自動車の排気ガス浄化用、そしてアセトアルデヒド合成用の触媒として需要も高まり、それが価格の高騰につながっています。 以上のような経済的理由や、金属アレルギーの問題、またより白い歯にしたいとの審美的理由から、最近徐々に歯科治療に金属が使われない傾向が出てきました。 コンポジットレジン(歯に接着する合成樹脂)やハイブリッドレジン(セラミックと樹脂の混成材料)、グラスアイオノマー等のめざましい進歩がこの傾向に拍車をかけています。あまり大きくない歯の欠損には、歯を削る量が最小限で済
むこれら樹脂系材料で修復するケースがとても多くなりました。さらに、これらを歯に対して接着する技術が進歩したことも使用頻度の増加につながっています。 とはいえ、依然としてメタル材料には技術上のメリットがあるのも事実です。現在使用中の金属には、クラフト的に加工しやすい材料が使われています。展延性があり、力が加わった時に破断しにくい性質も有しています。私たち歯科医療従事者にとって、これら金属の属性に対する信頼性は大きいため、先に触れた樹脂系の新素材はさらに改良されて、金属が有する粘り強い性質を具備した時、初めて口腔から金属がなくなるかもしれませんね。
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